・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


アルスは愛称です。 
血統書名アルスラーンは田中芳樹さんの「アルスラーン戦記」に登場する、亡国の王太子アルスラーンから
いただきました。 我が家に来て4日目、足の剥離骨折から「歩く病気のデパート」と呼ばれたアルスの闘病
生活が始まりました。 ケンネルコフ、悪性の下痢、嘔吐、ムーンフェイスなどなど、真夜中の国道を獣医さ
んまで走りながら何度も「今度はもう助からないかもしれない」と思いました。 時間外診療の常習犯でした。
生後半年までは入退院の繰り返しで、家にいるより獣医さんで過ごす時間のほうが遥かに長かったのです。


家にいる時は分離不安症でした。
家中わたしの後ろをついて回り、少しでも姿が見え
ないと泣き叫びます。
近くに買物に出るだけでも、大通りに出るまでアル
スの悲鳴が背中を追いかけて来ます。 
わたしがいない間中泣き続けていたのか、家の近
くまで戻って来ると息も絶え絶えにかすれ声で弱弱
しく泣く声と、ヒックヒックというしゃっくりの音が聞こ
えてきます。

玄関の鍵がカチャリと回る音と同時にぴたりと泣き
止みます。 そしてわたしの姿を認めると千切れる
ばかりに、あの短い尾を振るのです。


そしてわたし達にとってもアルスにとっても辛くて長
い6ヶ月間がありました。 警察犬協会の訓練資格を
取るための寄宿生活です。

初めて岐阜の有賀訓練所に連れて行った時、アルス
は入れられた犬舎の鉄格子を必死で噛んで、わたし
達の元に戻ろうとしていました。

案内して下さった小倉さんがいなければ、連れて帰っ
たかもわかりません。 置き去りにされたアルスの悲
鳴が車を追いかけて来ました。

わたし達の姿が見えなくなると、全身の毛を逆立てて
ブルブル震えだしたそうです。数日後には気持ちも心
も立て直して、尾もピンとたてて頑張ってくれました。

6ヶ月間、月に2回中央自動車道を走ってアルスに
会いに行くのが、わたし達の楽しみでした。

有賀訓練所はアルスの母犬ファラーや父犬アルヒ
ー、その息子のハーリもお世話になりました。 ア
ルスをお願いして良かったと思うのはボクサー本来
の陽気で遊び好きの性格は全然スポイルされてい
ないことです。

凛性の強いことで知られるドイツボクサーの牡犬を
女性でしかも小柄なわたしが引けるのは訓練のお
陰です。 チャンスがあれば審査会でもアルスを
ハンドリングしてみたいと考えています。

いつかアルスの子供達をもハンドリングしてみたい
と密かに楽しみにしています。